ヤマハメイト

たぶん中学3年生の時、家の近くの農道で生まれて初めて自分で運転したのが「ヤマハメイト」。ゾクゾクする感覚を覚えています。

実家は佐賀の田舎町で酒屋を営んでいましたが、配達は自転車でした。祖母は反対していたようですが商売の効率化と商圏の拡大を図るため購入を決めたと聞いた記憶があります。メイトU5(50cc)が発売されたのが1965年7月で、12月に販売されたU7(73cc)を買ったようです。ボクは1954年生まれで11才小学5年の時に父が運転する買ってすぐのメイトの後ろに載せてもらって母の実家まで行った思い出があります。

その後高校1年の1970年に16才になったらすぐに実家の手伝いをするためにオートバイ免許を取りました。高校があった唐津市神田(こうだ)の「唐津自動二輪専門学校」に数日通いました。今でいう公認の自動車学校ではなく練習だけするところで、実地試験は県警の試験官が出向いてきて試験をするシステムでした。

社会人になってから知ったのですが、この唐津自動二輪専門学校は高校の同級生S君の実家が経営していて本人も教えていたということでした。

当時の二輪の免許は「原付」と「自動二輪」の二種類でした。
自動二輪の免許があれば排気量は関係なくすべての二輪車に乗ることができました。
まあいわゆる昔の免許ってやつですね。
1972年に「小型二輪(125cc以下)」と「自動二輪(制限なし)」に別れました。
弟はこの小型免許を取得したのでした。

いずれにしても鈴鹿サーキットに就職して自動二輪専門指定自動車学校の立ち上げを担当し、技能指導員から始まって副校長、さらには設置者(経営責任者)になるとはね。

ちなみに我が家ではヤマハメイトのことを「カブ」と呼んでおりました。
メーカーなどは関係なくこの種の形状のバイクはすべて「カブ」だったのでした。
ベトナムでバイクのことを「ホンダ」というのと同じですね。

P.S.「乗ってる、乗ってる、乗ってる、乗ってる~♬」の歌を見つけました。

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