CB450P

1979年(株)ホンダランド(現在はモビリティランド)に入社し、約二カ月の研修の後、5月に鈴鹿サーキット交通教育センター(STEC)へ配属。

まずは見習いインストラクターとして指導方法と関連知識、運転技能の習得を実地で学ぶことに。

指導対象は白バイ・パトカー隊員、郵政赤バイク職員、電力会社や電電公社職員、本田テストライダー・ドライバー等バイクやクルマを仕事で使う方々の安全運転能力(技能・知識・態度)の向上をはかることが求められていました。かなり大変な仕事だぞ、と気を引き締めました。

とりあえずクルマの技能はなんとかなるかなと感じましたが、バイクは正直ほとんど経験がない、でもやらざるを得ない。先輩の指導でスラロームなど走り込みに励みました。

練習バイクは廃車寸前のCB450Pでしたが、低回転域でのトルクがなくて乗りにくくかなり手こずりました。上のWINGバッジはそのCB450Pのタンクについていたもの。廃車の際に許可を得ていただきました。今は店の本棚に飾ってあります。

砂利道走行や電柱を横にした一本橋を渡るなど難易度の高い訓練も多くあったのですが、先輩たちは難なくこなしているのでした。ということは人にできてボクにできないわけはないわけで、もうやるしかないですよね。

郵政赤バイや電力会社、テストライダー訓練など見習いとして担当し、その年の11月には初めての白バイ中堅指導者訓練を先輩の下で担当することになりました。訓練バイクはCB750Pです。いや~緊張しましたね。でも隊員の皆様は明らかに新米インストラクターであることが見え見えのボクにやさしく接してくださり励ましていただきました。(下はテストライダー訓練:見習いのころで旧施設)

当時の名刺。
「警察庁中部管区警察学校自動車技能専科 指導員」となんともいかめしい肩書が記されておりました。

またこの年1979年に新たな施設をオープンし、本格的な安全運転普及の最前線として活動を開始したのでありました。下はプレスリリースのコピーです。

でも年が明けたらオートバイ専門教習所の係への異動となったのです。ですから安全運転講習のインストラクターとしての現場での経験は半年足らずで終わったのでした。もう少し経験したかったですね。

鈴鹿サーキット交通教育センターのはじまり(Honda WebSite)
白バイ訓練から始まるHondaの交通安全運転教育「安全は人の心から」

教習所についてはまた別の機会に書きます。

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