一浪して1974年に明治学院大学社会学部に入学しましたがすぐに体育会自動車部に入部、4年間部活動に邁進したのでありました。勉学はおざなりでしたが、自動車部時代の実績で前の会社に入社できたのですから、結果オーライ。でももっと勉強しておくべきだったことは間違いありません。
当然ながら自動車漬けなわけでオートバイや自転車とは全く縁がない時期だったのですが、唯一乗ったバイクが「ホンダ・バイアルスTL125」でした。
1973年に新発売され、トライアル走行に適したBIKEという意味からBIKE+TRIALS=BIALS(バイアルス)と名付けらました。
ホンダはこのバイクの販促とトライアルの普及を図るため「バイアルスパーク」というトライアルの基本を学べかつ楽しめる施設を、まず鈴鹿サーキットに作りました。また各地で試乗会を行ったようですが、多摩テックでも大学自動車部の部員を対象に試乗会を行いました。ボクはこの試乗会に参加してバイアルスに初めて乗ったのでした。丸太を乗り越えたり、曲がり切れないようなターンがあったり、急な坂を上ったり、なんてへんてこなことをするのだろう、というのが正直な感想。当然上手に乗りこなせませんでした。まあ面白くないとこともなかったのですがね。
卒業後、この鈴鹿サーキットや多摩テックを運営する会社に就職するとは、しかも配属された交通教育センター第二代所長がこのバイアルスの開発責任者でした。これもご縁があったのでしょう。さらにMFJ競技ライセンスを取得してトライアル競技をするとは!こちらについては別の機会で。
就職した1979年に初めて買った乗り物は自転車の方のバイク。
ミヤタのルマン・クールスというセミロードレーサー。当時は会社の寮住まいでしたが室内で保管しておりました。
40年ほど前の自転車ですが色を塗り変えハンドルやサドル、タイヤ等を変更して現在もまだ乗っています。